「広告で見た坪単価は50万円だったのに、見積もりを見たら坪80万円を超えている。これって騙されているんじゃないか?」
もしあなたが今、手元の見積書を見ながらこのような不信感を抱いているなら、まずは深呼吸をしてください。佐藤さん、その感覚は決して間違っていませんし、あなたが数字に弱いわけでもありません。
これは住宅業界が長年抱える「坪単価の定義の曖昧さ」が生み出す、構造的なトリックだからです。
元大手ハウスメーカーの積算担当として断言しますが、メーカーが広告や営業トークで提示する坪単価は、家づくりの総費用の約7割に過ぎません。 残りの3割、つまり数百万単位の「隠された費用」を見抜かない限り、正しい予算計画は不可能です。
この記事では、業界内部の人間しか知らない「本体価格を0.7で割るだけで、住める状態のリアルな総額がわかる魔法の係数」をあなたに手渡します。この計算式を使えば、営業マンの言葉に惑わされることなく、電卓一つで全メーカーを「同じ土俵」に引きずり出して比較できるようになります。
この記事の著者
石川 誠(いしかわ まこと)
元大手ハウスメーカー積算課長 / 住宅コスト診断士
ハウスメーカー時代に1,000棟以上の原価計算を担当し、「いかに坪単価を安く見せるか」という社内戦略の裏側を知り尽くす。その経験から、現在は「施主側の代理人」として活動。累計5億円以上の見積もり過剰計上を是正してきたコスト管理のプロフェッショナル。
スタンス:「業界の裏側を知る内部告発者」。メーカーが隠したがるコスト構造を論理的に開示し、施主が対等に交渉するための武器を配る。
なぜ「坪単価」はメーカーによって全然違うのか?(定義の不在と面積の罠)
まず、残酷な事実をお伝えしなければなりません。あなたが必死に比較しているその「坪単価」という言葉には、法的な定義が一切存在しません。
不動産広告のルールを定める「不動産の表示に関する公正競争規約」においても、坪単価を算出する際の「分母(面積)」や「分子(費用)」をどう設定すべきかという強制力のある規定はないのです。
施行規則第10条(不当な二重価格表示の禁止)等は存在するが、注文住宅の「坪単価」の算出基準に関する直接的な定義規定は存在しない。
出典: 不動産の表示に関する公正競争規約 - 不動産公正取引協議会連合会
この「ルールの空白」を利用して、多くのハウスメーカーは「施工床面積」という独自の基準を使い、坪単価を安く見せるテクニックを使っています。
「延床面積」と「施工床面積」の決定的な違い
本来、建物の面積は建築基準法で定められた「延床面積」を使うのが公的なルールです。しかし、メーカーの見積もりでは「施工床面積」が使われることが一般的です。
- 延床面積: 玄関ポーチ、バルコニー、吹き抜け部分などは含まれません。
- 施工床面積: 延床面積に加えて、玄関ポーチ、バルコニー、吹き抜けなども含んで計算します。
ここでのポイントは、「施工床面積」の方が、分母となる面積が大きくなるということです。割り算の分母が大きくなれば、当然、答えである「坪単価」は小さくなります。
つまり、メーカーが好んで使う「施工床面積」は、バルコニー等を含んで分母を大きくし、見かけ上の坪単価を安く見せるための独自の物差しなのです。A社とB社を比較する際、片方が「延床面積」、もう片方が「施工床面積」で計算していたら、その比較は全く意味を成しません。

【業界のタブー】本体価格を「0.7」で割れ! プロが使う真の計算式
では、各社バラバラな基準を統一し、本当の意味で「高いか安いか」を見抜くにはどうすればいいのでしょうか?
ここで登場するのが、私が現役時代に原価管理で使っていた「費用の黄金比率」と、そこから導き出される「魔法の係数 0.7」です。
注文住宅の費用の黄金比率
家づくりにかかるお金は、大きく分けて3つの要素で構成されています。
- 本体工事費(約70%): 建物そのものにかかる費用。メーカーが広告で「坪単価」として出すのは、ほとんどがこの部分だけです。
- 付帯工事費(約20%): 屋外給排水、ガス工事、地盤改良など、建物以外にかかる不可欠な工事費。
- 諸費用(約10%): 登記費用、住宅ローン手数料、火災保険料、印紙代など。
多くの施主様が予算オーバーに陥る最大の原因は、「提示された坪単価(本体工事費)」が費用の全てだと思い込んでしまうことにあります。実際には、提示額は氷山の一角であり、水面下には残り30%のコストが隠れているのです。
真の坪単価を導く計算式
この「本体7割:その他3割」という比率を利用すれば、メーカーが提示する「本体価格ベースの坪単価」から、住める状態にするための「総額坪単価」を逆算することができます。
その計算式がこちらです。
提示された坪単価 ÷ 0.7 = 真の坪単価(総額目安)
例えば、メーカーから「坪単価60万円です」と言われたとしましょう。
これを0.7で割ります。
60万円 ÷ 0.7 ≒ 約85.7万円
つまり、「坪60万円」という看板を掲げているメーカーでも、実際に家を建てて住み始めるためには、坪あたり約86万円の予算を見ておく必要があるということです。これが現実です。

実践シミュレーション:A社とB社、本当にお得なのはどっち?
この「魔法の係数」を使って、実際にメーカー比較を行ってみましょう。
佐藤さんが展示場でよく遭遇するであろう、以下の2つの見積もりパターンを比較します。
- A社: 「坪単価 50万円」とアピール(施工床面積計算、本体価格のみ)
- B社: 「坪単価 65万円」と提示(延床面積計算、付帯工事込み)
パッと見た印象では、A社の方が圧倒的に安く見えます。「坪15万円も違うなら、A社にしよう」と考えるのが普通です。しかし、条件を揃えて計算し直すと、衝撃的な結果が見えてきます。
👇 比較表
見かけの安さに騙されない!A社 vs B社 実質価格シミュレーション
| 項目 | A社(見かけ重視) | B社(正直価格) |
|---|---|---|
| メーカー提示坪単価 | 50万円 | 65万円 |
| 計算基準の面積 | 施工床面積(40坪) ※実質延床は36坪 | 延床面積(36坪) |
| 含まれる範囲 | 本体工事のみ | 本体+付帯工事 |
| 補正計算 | ①面積補正:50万×(40/36)≒55.5万 ②範囲補正:55.5万÷0.7 | ①範囲補正:付帯込のため÷0.85で概算 65万÷0.85 |
| 真の坪単価(総額) | 約 79.2 万円 | 約 76.4 万円 |
| 36坪の総額目安 | 約 2,851 万円 | 約 2,750 万円 |
| 判定 | 実は高い! | 実は安い! |
いかがでしょうか。入り口ではA社の方が「坪15万円安い」ように見えましたが、面積の基準を「延床面積」に統一し、隠れた費用(付帯・諸経費)を加算して補正すると、実はB社の方が総額で100万円以上安くなるという逆転現象が起きました。
これが、私が「提示された坪単価だけで比較してはいけない」と口を酸っぱくして言う理由です。提示坪単価と真の坪単価(総額)は、全くの別物なのです。
💡 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 営業マンには必ず「この坪単価は、延床面積計算ですか? 付帯工事は含まれていますか?」と質問してください。
なぜなら、この質問をするだけで、営業マンは「この客は知識がある、誤魔化せない」と認識し、最初から誠実な見積もりを出してくる確率が格段に上がるからです。多くの施主が見落としがちな「前提条件の確認」こそが、コストダウンの第一歩です。
よくある質問(平屋の割高理由・解体費の扱い)
最後に、坪単価計算においてよく頂く質問にお答えします。
Q. 平屋にすると坪単価が高くなると言われました。なぜですか?
A. 基礎と屋根の面積比率が高くなるため、論理的に正しい価格上昇です。
同じ延床面積30坪の家を建てる場合、2階建て(1階15坪+2階15坪)なら基礎と屋根は15坪分で済みます。しかし、平屋(1階30坪)の場合は、基礎と屋根が2倍の30坪分必要になります。
住宅建築において、コンクリートを使う「基礎」と、防水・断熱が必要な「屋根」はコストが高い部分です。この高コスト部分の比率が増えるため、平屋の坪単価は2階建てに比べて割高になります。これはメーカーのぼったくりではなく、構造上の必然です。
Q. 実家の建て替えです。解体費や地盤改良費も「0.7」の係数に含まれますか?
A. いいえ、それらは「別枠」で予算取りしてください。
今回ご紹介した「0.7」という係数は、あくまで一般的な新築工事における「標準的な付帯工事(屋外給排水など)」を見込んだものです。
解体工事費や地盤改良費は、敷地の条件によって0円で済むこともあれば、200万円以上かかることもあり、変動幅が大きすぎます。これらを係数に含めてしまうと計算の精度が落ちるため、これらは「真の坪単価 × 坪数」で出した総額に、さらにプラスアルファの予備費として計上するのが安全です。
まとめ:まずは手元の見積もりを「÷0.7」してみよう
今回の記事のポイントをまとめます。
- 坪単価には法的定義がない。 メーカーは「施工床面積」を使って安く見せようとする。
- 提示価格は氷山の一角。 費用の黄金比率は「本体70%:その他30%」。
- 魔法の係数を使え。 「提示坪単価 ÷ 0.7」で、住める状態のリアルな総額が見えてくる。
佐藤さん、今すぐ手元の見積書や、気になっているメーカーの広告を取り出してください。そして、そこに書かれている坪単価を電卓で「0.7」で割ってみてください。
もし、その数字があなたの予算を大幅に超えているなら、そのメーカーとは契約後に金銭トラブルになる可能性が高い「危険信号」です。逆に、0.7で割っても予算内に収まるなら、その計画は非常に健全で現実的だと言えます。
家づくりは、契約して終わりではありません。そこから新しい生活が始まります。
見せかけの安さに惑わされず、「総額」という真実の数字で判断できるあなたなら、きっと納得のいく家づくりができるはずです。