大会まであと1ヶ月。新しいシューズで気合を入れて走り込んだ矢先に、足裏に激痛が走り、靴下を脱いだら大きな水ぶくれができていた……。
「うわ、最悪だ。これじゃ明日走れないかも」
そんな絶望感に襲われているあなたへ。「マメくらいで練習を休むな」とは言いませんが、「マメのせいで目標を諦める」のはあまりに悔しいですよね。私もかつて、勝負レースの直前に巨大な水ぶくれを作り、絶望した経験があります。
しかし、安心してください。現場には「医学的に安全」かつ「物理的に強固」な処置法が存在します。
一般的に「マメは潰すな」と言われますが、私たちランナーにとって「痛くて走れない状態」は死活問題です。この記事では、皮膚科医が重視する「感染症対策」と、ウルトラランナーが実践する「30km走っても剥がれない固定術」を融合させた、明日走るための完全処置マニュアルを包み隠さずお伝えします。
[著者情報]
この記事を書いた人:高橋 走(たかはし かける)
スポーツ専門メディカルトレーナー(鍼灸師・柔道整復師)/ウルトラランナー
サブ3ランナーであり、100kmウルトラマラソンを5回完走。実業団選手の帯同トレーナーとして、レース中のトラブル処置を数多く経験。「医学的な正論」と「ランナーの情熱」の板挟みになる苦しさを誰よりも理解する現場の同志として、実践的なケア情報を発信している。
「潰すか、潰さないか」ランナーのための最終判断基準
「水ぶくれは潰して水を抜くべきか? それとも潰さずに我慢すべきか?」
これは、マメに悩むランナーが最初に直面する最大の難問です。医療の原則から言えば、答えは「No(潰さない)」です。水ぶくれの皮(ルーフ)は、細菌の侵入を防ぐ最高の天然絆創膏だからです。
しかし、私たちランナーには「明日も走らなければならない」という特殊な事情があります。着地のたびに体重の3倍以上の衝撃がかかるランニングにおいて、パンパンに膨らんだ水ぶくれを放置して走れば、痛みでフォームが崩れ、膝や腰を痛める二次災害につながりかねません。
そこで私は、以下の3つの条件がすべて揃った場合に限り、「適切な手順でのドレナージ(水抜き)」を選択肢に入れることを推奨しています。

専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 迷ったら「潰さない」が正解ですが、「痛くて歩き方がおかしくなる」レベルなら、勇気を持って水を抜きましょう。
なぜなら、痛みをかばって走ることで発生する「代償動作」は、マメそのものより深刻な故障(シンスプリントや腸脛靭帯炎など)を引き起こすからです。ただし、これから解説する「清潔操作」だけは絶対に守ってください。
【手順1】痛み即消失!医学的に正しい「安全な水抜き(ドレナージ)」
水抜きを決断したなら、最も恐れるべきは「細菌感染」です。ドレナージ(水抜き)という行為は、痛みを劇的に減らすメリットがある一方で、感染リスクを高めるというトレードオフの関係にあります。
このリスクを最小化するために、以下の手順を徹底してください。安全ピンをライターで炙るだけの消毒は不十分です。
用意するもの
- 消毒用エタノール(またはアルコール綿)
- 清潔な針(注射針や、滅菌済みのランセットがベスト。なければ縫い針を徹底消毒)
- ティッシュまたはガーゼ
安全な水抜きのステップ
- 徹底消毒: マメの表面と針を、エタノールで念入りに消毒します。
- 穿刺(せんし): 水ぶくれの「横(4時と8時の方向)」から針を刺します。
- ポイント: 重力を利用して水が出やすいよう、下側に穴を開けます。上から刺すと、皮膚が重なって穴が塞がりやすく、水が抜けきりません。
- 排液: 清潔なガーゼで優しく押さえ、中の液体(滲出液)を出し切ります。
- 皮は残す: ここが最重要です。 しぼんだ皮(ルーフ)は、傷口を保護する役割があります。絶対にハサミで切り取ったり、無理に剥がしたりしないでください。

活動継続に支障がある大きな水疱については、感染対策をした上で排液(ドレナージ)を行うことは許容されるが、水疱の蓋(ルーフ)はそのまま残すべきである。
出典: Wilderness Medical Society Guidelines - Wilderness Medical Society
【手順2】30km走っても剥がれない!「ミルフィーユ固定術」
水を抜いただけでは、走り出せばすぐにまた水が溜まるか、皮が破れてしまいます。ここで必要になるのが、「湿潤療法(モイストヒーリング)」と「物理的な固定」の組み合わせです。
多くのランナーが失敗するのは、「キズパワーパッド(ハイドロコロイド材)を貼って終わり」にしてしまうことです。ランニング中の足裏は、大量の汗と激しい摩擦にさらされます。単体で貼ったパッドは、5kmも走ればヌルヌルとズレて剥がれてしまいます。
そこで私が実践しているのが、「洗浄・密着・アンカー」の3層構造で作る「ミルフィーユ固定術」です。
1. 洗浄(消毒液はNG)
水を抜いた後の穴や周囲を、水道水できれいに洗います。
- 注意: ここでは消毒液や軟膏を使わないでください。これらはハイドロコロイド材の粘着力を低下させるだけでなく、細胞の再生を阻害して治りを遅くします。
2. 温め(密着)
ハイドロコロイド材(キズパワーパッド等)を貼ります。貼る前と貼った後に、両手で1分間、パッドを温めてください。
- 理由: ハイドロコロイドは体温で柔らかくなり、皮膚のシワに入り込んで粘着力が増す性質があります。この一手間が、剥がれにくさを左右します。
3. アンカー固定(ここがプロの技)
ハイドロコロイドの上から、伸縮性テーピング(キネシオロジーテープ等)を巻いて、物理的に押さえつけます。
- 伸縮性テーピングとハイドロコロイドは、互いの弱点を補う最強のパートナーです。 パッドが傷を治し、テープがパッドを摩擦から守ります。

専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: テーピングは「患部だけ」に貼るのではなく、「足の甲」や「足首」まで一周させてください。
なぜなら、足裏だけに貼ったテープは、着地の衝撃と汗ですぐにめくれてしまうからです。テープを長く使い、足の甲側で重ね合わせることで、靴の中で擦れても端から剥がれることを防げます。これが「アンカー(錨)」効果です。
よくある疑問(FAQ):風呂・薬・めくれた後のケア
最後に、処置後の生活やトラブルについて、よくある質問にお答えします。
Q1. お風呂に入っても大丈夫ですか?
A. 大丈夫ですが、濡れたら乾かすか貼り替えましょう。
ミルフィーユ固定をしたまま入浴しても構いませんが、テーピングが水分を含むとふやけて剥がれやすくなります。ドライヤーで乾かすか、翌日の練習前に新しいセットに貼り替えるのが衛生的です。
Q2. 皮がめくれて、赤い肉が見えてしまっています。どうすれば?
A. 「ワセリン+ラップ」または「大きめのハイドロコロイド」で対応します。
皮(ルーフ)がなくなってしまった場合は、乾燥が大敵です。たっぷりのワセリンを塗って食品用ラップで覆い、その上からテーピングをするか、傷口より一回り大きいハイドロコロイド材で完全に覆ってください。この場合も、伸縮性テーピングによるアンカー固定は必須です。
Q3. 早く治すために、パッドの下に軟膏を塗ってもいいですか?
A. 絶対にNGです。
軟膏の油分でハイドロコロイド材が全く張り付かなくなります。また、ハイドロコロイド自体が治癒を促進する機能を持っているため、薬の併用は不要です。
まとめ:正しい処置で、明日のスタートラインへ
足のマメは、ランナーにとって避けられない試練の一つです。しかし、正しい知識と道具があれば、それは「走れない理由」にはなりません。
- 判断: 痛みがひどく明日も走るなら、勇気を持ってドレナージ(水抜き)する。
- 処置: 消毒した針で横から水を抜き、皮は残す。
- 固定: ハイドロコロイドを温めて貼り、伸縮性テーピングでアンカー固定する。
この「攻めの処置」を行えば、痛みは驚くほど軽減され、明日の練習も、そして1ヶ月後の本番レースも、自信を持ってスタートラインに立てるはずです。
あなたの足は、あなたが思っている以上にタフです。適切なケアでサポートして、目標のサブ4達成に向けて走り抜けましょう!
※注意: もし処置後に患部が赤く腫れ上がったり、ズキズキとした熱を持つ痛み(拍動痛)が出たりした場合は、細菌感染の疑いがあります。その際は無理をせず、直ちに皮膚科を受診してください。
参考文献
- Wilderness Medical Society Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Treatment of Frostbite - Wilderness Medical Society
- キズパワーパッド™ 正しい使い方 - Kenvue
- ランニングのトラブルQ&A - RUNNET