[著者情報]
この記事の著者:高橋 修
特定社会保険労務士・元上場企業人事部長。
人事労務の現場で20年以上の実務経験を持ち、現在は企業の働き方改革支援や労務コンサルティングを行う。「現場の担当者が自信を持って判断できる」実務支援に定評がある。
「計算結果が120%になってしまった…どこで間違えたんだろう?」
Excelの画面を前に、そんなふうに頭を抱えていませんか? 真面目な担当者様ほど、計算結果が100%を超えると「あり得ない数字が出た」「自分の集計ミスだ」と不安になってしまうものです。
かつて私も人事部時代、初めてこの数字を見たときに青ざめた経験があります。しかし、安心してください。その「100%超え」という数値は計算ミスではなく、厚生労働省の定義に照らせば「社員が繰越分も含めてしっかり休めている」という素晴らしい成果なのです。
この記事では、多くの担当者が迷う「繰越分」や「退職者」の扱いについて、公的な基準に基づいた「正解」を解説します。読み終える頃には、その数字を自信を持って社長に報告できるようになっているはずです。
なぜ「100%超え」が起きるのか? 多くの担当者がハマる誤解
まず結論から申し上げますと、有給休暇取得率が100%を超える現象は、計算式の「分母」と「分子」の対象範囲が異なるために発生する、統計的に正常な状態です。
私たちが感覚的に「取得率」と聞くと、「持っている有給休暇の総数(繰越分含む)に対して、どれだけ使ったか」をイメージしがちです。しかし、厚生労働省が実施している「就労条件総合調査」などの公的な統計においては、定義が異なります。
「分母」に繰越分を含めてはいけない
ここが最大のポイントです。公的な計算式において、分母となる「付与日数」には、前年度からの「繰越分」を含めないのがルールです。
一方で、分子となる「取得日数」には、当年度に付与された分だけでなく、繰越分から消化した日数も含まれます。
つまり、「分母(付与日数)」と「繰越分」は除外の関係にあり、一方で「分子(取得日数)」と「繰越分」は包含の関係にあるのです。この構造上、繰越分を多く消化した年は、計算結果が必然的に100%を超えます。
もし佐藤さんが、分母に「繰越分」を足して計算していたなら、それは「実質的な消化率」としては意味がありますが、公的な「有給取得率」としては誤りです。100%を超えたその数字こそが、公的に胸を張れる「正解」なのです。
専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 社長への報告時は、「100%超え」を「異常値」ではなく「過去の未消化分も一掃できた健全な状態」として報告しましょう。
なぜなら、この点は経営層も誤解しがちで、「計算が間違っているのではないか?」と指摘されることが多いからです。「厚労省の計算式では、分母に繰越分を含めないため、100%を超えることは仕様上正常であり、むしろ社員がリフレッシュできている証拠です」と補足することで、あなたの専門性はより高く評価されます。
【厚労省基準】これが「正解」の有給取得率 計算式
では、具体的にどの数字を使えばよいのか、厚生労働省の基準に基づいた計算式を見ていきましょう。
基本計算式
厚生労働省の「就労条件総合調査」で用いられている計算式は以下の通りです。
有給休暇取得率(%) = ( 期間中の取得日数 ÷ 期間中の付与日数 ) × 100
非常にシンプルですが、各項目の定義を厳密に守る必要があります。
- 期間中の取得日数(分子): 対象期間(例:4月1日~翌3月31日)に実際に取得した年次有給休暇の日数。ここには繰越分から消化した日数も含まれます。
- 期間中の付与日数(分母): 対象期間に新たに付与された年次有給休暇の日数。ここには前年度からの繰越分は含みません。
この関係性を視覚的に理解するために、以下の図解イメージを共有します。デザイナーへの指示書として作成しましたが、構造の理解に役立つはずです。

半日単位・時間単位年休の扱い
計算をさらに複雑にするのが、「半日単位」や「時間単位」での取得です。これらもルールが決まっています。
- 半日単位年休: 0.5日として計算に含めます。
- 時間単位年休: 原則として、取得率の計算(分子)には含めません。
時間単位年休は、労働基準法上の「年5日の取得義務」のカウントには含まれませんが、取得率の計算においても同様に除外して計算するのが一般的です(就労条件総合調査の定義に準拠する場合)。ただし、企業独自の実態把握として含める場合は、1日の所定労働時間換算で日数に直す必要があります。
退職者・パート・中途入社… イレギュラーな処理の「落とし所」
「計算式はわかったけれど、期中で退職した人はどうすればいいの? 退職時に40日まとめて消化した人がいると、数字が跳ね上がってしまう…」
実務担当者として、最も頭を悩ませるのはこの点ではないでしょうか。結論から言うと、有給取得率の計算において、退職者は計算対象から「除外」しても問題ありません。
退職者は「除外」して計算してよい
退職時に残日数をすべて消化するケースを含めると、取得率が異常に高くなり、在籍社員の実態が見えなくなることがあります。また、年度の途中で退職した社員は「算定期間の全期間」に在籍していないため、統計上の整合性を取るのが難しくなります。
この点について、茨城労働局の資料には以下のような記載があります。
算定期間の全期間在籍した労働者を対象として推計してください。
出典: 有給取得率の算出方法について(Q13) - 茨城労働局
つまり、「有給取得率」と「退職者」の関係性において、退職者は計算の複雑化と数値の歪みを防ぐために、計算対象から外す(除外する)ことが公的に認められているのです。
「くるみん」や「ユースエール」などの認定申請においても、申請時点での在籍者を対象とするケースが一般的です。したがって、社内報告用としても対外公表用としても、退職者を除外したデータを作成することが、最も合理的かつ実務負担の少ない「落とし所」と言えます。
対象者の判断基準まとめ
迷いやすいケースについて、計算対象に「含めるべきか」「除外してよいか」を表にまとめました。
有給取得率計算における対象者の判断基準(推奨ルール)
| 対象区分 | 計算への算入 | 理由・根拠 |
|---|---|---|
| 通常の在籍社員 | 含める | 当然の計算対象です。 |
| 年度途中の退職者 | 除外可 | 退職時の一括消化等による数値の歪みを防ぐため。また、算定期間全期間に在籍していないため。 |
| 年度途中の中途入社 | 除外可 | 算定期間全期間に在籍しておらず、付与のタイミングも異なるため、計算が複雑になるのを避けるため。 |
| 管理監督者 | 含める | 労基法上の労働時間規制は適用除外ですが、有給休暇の権利はあるため計算に含めます。 |
| パート・アルバイト | 含める | 有給休暇が付与されている場合は計算対象です。比例付与の場合も「付与日数」と「取得日数」を用いて同様に計算します。 |
結論:その数字は「エラー」ではなく「勲章」です
ここまで解説してきた通り、佐藤さんが算出した「100%超え」の数字は、決して計算ミスではありません。
- 分母に繰越分を含めない(厚労省基準)
- 分子には繰越消化分が含まれる
この2つのルールに従った結果、100%を超えることは、御社の社員様が過去の付与分も含めてしっかりと権利を行使できているという、誇るべき実績なのです。
まずは直近1年分のデータで、退職者を除外して再計算してみてください。そして、その数字が100%を超えていたなら、自信を持って「当社の取得率は優秀です」と報告してください。それは、日々の労務管理を支えている佐藤さんの成果そのものなのですから。
[監修者情報]
記事監修:労働法務専門家チーム
本記事は、厚生労働省の「就労条件総合調査」および関連法令に基づき、社会保険労務士等の専門家による監修を経て作成されています。(2025年12月時点の情報)
[参考文献リスト]
- 令和6年就労条件総合調査 結果の概況 - 厚生労働省
- くるみん認定・プラチナくるみん認定の認定基準 - 厚生労働省
- 有給取得率の算出方法について - 茨城労働局